午後のゆっくりDIARY 2018年07月03日
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  1. 親の介護
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自分の名前を忘れるなんて・・・

翌日、父がICUから一般病室に移ったという連絡があり、
ということは生命の危機は脱したのだな、と胸をなで下ろしていたのですが

母と▽子が会いに行ったら、
(両親と▽子は実家に同居、△子は暫く前から実家を出て暮らしていて、私は結婚して以来車で二時間以上離れた所に住んでいます)

父は母のことも▽子のことも、自分のことさえもわからなくなっていたそうです。

▽子から、大変な状況になったからすぐ病院に来て、と言われ、
信じられなくて運転しながら気ばかり焦りました。

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そこしか空いていなかったということで、父は個室にいました。
ドアを開けると、母と▽子が憔悴しきった様子で、▽子は目を赤く腫らしています。
楽観的に考え過ぎていた母はすっかり落胆したのだろうし、▽子は泣いてばかりいたのでしょう。

「ふたりとも大丈夫?ちょっとここを出て下の喫茶コーナーでお茶でも飲んで休んでおいでよ、お父さんは私が見てるから」と声を掛けましたが
「今はとてもそんな気分じゃない!」とまた揃って噛みつかれました。
(私は余程この二人と感覚が合わないのかな・・・)

父は寝ていましたが、話し声で目を覚まし、私の方を見て
「あ、来てくれたんか。よう来てくれたな」と身体を起こしかけました。▽子が

「起きたらあかん!安静にしないとあかんのや!」と制止するので

「そのままでええよ、しんどいやろ、頭の中ケガしてるんよ。
お父さん、顔はわかるんよね、知ってる顔よね、名前はどう?私が誰かわかる?」と話しかけました。

誰って楓子やろ、わかるに決まっとる、お前何ゆーとんのや、あほらしいこと訊くなよ、
あはは、ごめん、ごめん、そんなふうなやりとりになる、と信じていたのですが

父は無言でした。

「・・・遠くから来てくれたんやな、どうやって来たん?」そう訊かれたので

「そうなんよ、遠くから高速道路とばして車で来たよ、お父さんが心配やったから。
どこから来たか、わかる?」

・・・また無言。

「お父さん、忘れたの?私、楓子。大阪から来たよ」

かがんで顔をのぞき込んで、目が合っても、何にも見えていないかのようでした。

「わからへんのや。お母さんのことも私のこともわからへんのや」横から▽子がそう言ってまた泣きじゃくります。

記憶障害ってこういうことか・・・

私は覚悟をしていた。そのつもりだったのに、打ちのめされた気分でした。


普通であれば、忘れたことがあっても
人から聞いた時点で、「あ、そうだった!」と思い出して記憶の回路が蘇りますよね、
でも父は、自分の名前、住所、生年月日、家族のことを繰り返して聞かせても、反応がなく
記憶が呼び起こせなくなっていました。聴覚でなく視覚に訴えれば、と名前を紙に書いてもみたのですが無理でした。

「なんでかな、変なことになってしまったな。
言葉が出にくくて上手くしゃべれなくなった、字もなんて書いてあるのかわからない」
つっかえながらそう呟いて苦しそうに顔を歪めるのです。

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自分の名前や家族を忘れる、そんな残酷な悲しい、寂しい病気があるなんて・・・

それでも私はリハビリを受けたら良くなる、と希望を持っていました。
あの難しい病気でも良い先生に出会えて最新の医療技術で治してもらえた、
リハビリはこれから始まるのだし、どんな効果が出るかまだわからない・・・

もし結果が出ないなら母や▽子のためにも父を救ってくれる良い療法士さんを捜さなければ・・・

そう考えることでかろうじて平静を保っていたのです。

*続きます

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